アーティストがファンベースを拡大し、持続的なキャリアを築くためには、ファンとの繋がりを段階的に強化するプロセスが必要です。このプロセスは、マーケティングにおける「ファネル構造」に似ており、認知、検索(関心)、行動、そしてスーパーファンへの移行という主に4つのステージがあります。これらのステージごとに異なるプロモーション戦略を立てることが、アーティストの成功にとって不可欠です。
本記事では、ファンベースの成長プロセスを深く掘り下げ、各段階における実践的な戦略を紹介します。
ファネル構造とファンの成長プロセス
ファネル構造は、リスナーがアーティストを知り、ファンになり、最終的には熱心なスーパーファンへと成長する過程を示します。この成長プロセスは、以下の4つの段階に分かれます。
- 認知(Listener/Viewer): アーティストや曲の存在を知る段階
- 検索(関心)(Follower): 興味を持ち、アーティストについて調べたり、SNSアカウントをフォローしたりする段階
- 行動(Fan): アルバム購入や、コンサート参加など、ファンとしての積極的な行動を取る段階
- ファンダム(Superfan): アーティストの動向を常に追い、SNSやコミュニティで他のファンと積極的に交流する段階
各段階でファンが求めるものが異なるため、それに応じたプロモーション戦略が必要です。次に、各段階の詳細と具体的な戦略を見ていきます。
1. 【認知】段階の戦略
認知段階は、ファンがアーティストを知る最初のステップです。ここでは、リーチを最大化し、アーティストの存在を広く認知してもらうことが目的です。
戦略①:TikTokやYouTubeでのバイラル戦略
TikTokやYouTube Shortsは、Z世代に強力なリーチがあり、キャッチーなメロディーやフレーズを含めた短いコンテンツが視聴者の興味を引きます。例えば、簡単に真似できるダンスを組み合わせることで、ユーザー生成コンテンツ(UGC)を増やし、ファン層が広がるきっかけとなります。アーティストの投稿が波紋のように広がり、さまざまな層に共有されていくことが成功の鍵です。
戦略②インフルエンサーとのコラボレーション
自分の曲に合ったインフルエンサーを起用し、彼らに楽曲を使用した投稿をしてもらうことで、通常は届かない層にもインフルエンサーの影響力を使って効果的にリーチを広げることができます。ダンス動画や歌ってみた動画に加え、ペット動画やショートドラマなど、多様なコンテンツのインフルエンサーと連携することで、より広範なユーザーにアプローチできます。
戦略③:キーワード戦略
印象的なフレーズがバイラルを促進します。例えば、乃紫の「全方向美少女」では、「正面で見ても横から見ても下から見てもいい女で困っちゃう」というキャッチーな歌詞が注目を集めました。同様に、ここ最近話題のCUTIE STREETの「かわいいだけじゃだめですか?」も、曲名に含まれるこのキャッチフレーズが繰り返し使われ、視聴者の記憶に強く残り、バズが生まれました。こうした耳に残るフレーズが、TikTokと相性抜群であり、拡散の引き金となります。
戦略④:複数のプラットフォームに投稿
TikTokやYouTubeだけでなく、InstagramやXなどの異なるプラットフォームにも多様なコンテンツを横断的に投稿することで、認知の幅を広げます。例えば、各プラットフォームのユーザー層が異なるため、それぞれの特性を生かして多様なファン層にリーチできます。
戦略⑤:ジャンル横断戦略による多様なリーチ
Spotifyなどのプラットフォームで楽曲を広めるためには、多様なリスナー層にリーチすることが重要です。リミックスや異なるジャンルとのコラボレーションを通じて、楽曲のバージョンを増やし、複数のプレイリストに乗ることで、より多くのユーザーに届く可能性が高まります。特に、欧米のアーティストはフィーチャリングやリミックスを活用して、幅広いレコメンドに対応しています。こうした「ジャンル横断」の戦略は、グローバルなマーケティングにおいて鍵となります。
2. 【検索】段階の戦略
この段階では、視聴者が「この曲いいな」と感じ、アーティスト自身に興味を持ち始めることを目指します。曲だけでなく、アーティストについて調べたり、SNSをチェックする行動を促すための戦略が重要です。
戦略①: SNSプロフィールと導線の明確化
視聴者がアーティストの他のコンテンツにスムーズにアクセスできるよう、各SNSアカウントをプロフィールにリンクしておくことが重要です。例えば、TikTokでバズった場合、プロフィールにInstagramやYouTubeへのリンクを明確に配置しておくことで、視聴者が簡単に他のプラットフォームに移動できます。これにより、アーティストの多面的な側面に触れることができ、より深い関心を引き出せます。
戦略②: 視覚的に魅力的なSNSフィード
特にInstagramなどのビジュアル重視のプラットフォームでは、視覚的に魅力的なフィードを持つことが重要です。統一感のあるビジュアルやアーティストの世界観が一目で伝わるフィードは、視聴者に「もっと知りたい」「フォローしたい」と思わせる強い動機づけになります。
3. 【行動】段階の戦略
SNSでアーティストが注目を集め、ファンがついた後は、そのファンをアクティブに維持し、実際の行動につなげることが重要です。ここでは、フォロワーをファンへ、そしてライブやストリーミングの収益へと導くための具体的な戦略を紹介します。
戦略①: 定期的な投稿とリリース頻度の維持
TikTokのようなプラットフォームでは、ファンの関心を維持するために定期的な投稿が必要です。特に流行のサイクルが速いため、ファンを飽きさせないよう、コンスタントにコンテンツを提供することが重要です。また、新曲のリリースも適切な頻度で行い、常に新しい音楽を楽しみに待ってもらえるようにします。
戦略②: ライブ映像をシェアしてファンの興味を喚起
ライブを行った経験がある場合、その映像をSNSでシェアすることは、新規ファンに対して効果的です。ライブの雰囲気を視覚的に伝えることで、次のライブへの興味を喚起し、実際の集客につなげます。また、ライブ映像を使った次回ライブの宣伝やストーリー機能を利用したプロモーションも活用できます。
戦略③: Spotifyプレイリストへの誘導
SNSや他のプラットフォームを通じて、ファンをSpotifyのプレイリストに誘導し、ストリーミング数を増やすことが目標です。プレイリストはアーティストの楽曲を継続的に聴いてもらうための効果的な手段であり、アーティストの収益にもつながります。Spotify for artistsのプロモカードは、簡単にカスタマイズでき、手軽に作れておすすめです。
戦略④:過去のヒット曲やバズったコンテンツの再活用
一度バズを生んだ楽曲や歌詞を活用して、既存のファン層や再び新しいファン層にリーチする戦略は非常に有効です。特に、検索トラフィックが期待できるプラットフォーム上で、過去にヒットした曲名や歌詞がファンを引き寄せる入り口になることがあります。
例: あれくんの「好きにさせた癖に」という楽曲は、過去に大きな話題を呼び、その後もその曲名や歌詞の検索を通じてYouTubeにアクセスするユーザーがいます。そのため、動画につけるハッシュタグとして「好きにさせた癖」や、歌詞「好きになってしまったんだよ」を使用したようです。このようなケースでは、過去に人気を得た楽曲のフレーズや曲名をハッシュタグとして活用し、動画の露出を最大化することが可能です。また、ファンはその楽曲をきっかけに新しいリリースにも興味を持ちやすくなり、アーティスト全体への関心が強まります。
4. 【ファンダム形成】スーパーファンとの関係構築
スーパーファンは、アーティストの成長と成功を支える不可欠な存在です。K-popがグローバルで成功を収めた背景には、情熱的なスーパーファンの存在が大きく影響しています。彼らはSNSを通じてアーティストと直接的なつながりを求め、またその活動が他のファンを巻き込んでさらに拡大します。スーパーファンは、他のリスナーに比べて平均59%もアーティストとより密接なつながりを求め、個人のアイデンティティの一部としてアーティストと深く結びつくことを重要視しています。
スーパーファンの3つの主な特徴
- Social Signaling(ソーシャルシグナリング)
スーパーファンは、新しいアーティストや音楽を友人や周囲に紹介することが54%も多く、いわば「音楽の先駆者」としての役割を果たします。彼らの紹介を通じて、新しい楽曲が自然と広がり、より多くのリスナーにリーチします。
- Expressions of Identity(自己表現)
スーパーファンは、自分のアイデンティティをアーティストとのつながりを通じて表現します。彼らにとって、アーティストの活動や音楽は単なる娯楽ではなく、自己表現の一部であり、アーティストと深く関わることに喜びを感じています。
- The Community(コミュニティ)
スーパーファンは、他のファンとつながり、コミュニティの中で活動することに対して強い意欲があります。彼らはアーティストの成功を支えるためにファンダム内での活動を活発化させ、他のファンを巻き込むことでコミュニティ全体の活性化に貢献します。
戦略①: 深いエンゲージメントを提供するプラットフォームの活用
韓国のK-popアーティストが多く利用しているプラットフォーム「Weverse」のように、アーティストとファンが直接的にコミュニケーションを取ることができる専用プラットフォームを活用することは、スーパーファンを育成するのに非常に効果的です。こうしたプラットフォームでは、アーティストがファンに特別なメッセージを送ったり、ファンがアーティストに直接DMやファンレターを送ることができる機能があり、ファンに対して「特別なつながり」を感じさせることができます。また、チャット機能やフォーラムを通じて、ファン同士のつながりも深めることが可能です。
戦略②: エクスクルーシブコンテンツと体験の提供
スーパーファンは、他のファンとは違う特別な体験を求めています。限定コンテンツやイベント、VIP体験の提供が有効です。例えば、未発表の楽曲の先行視聴や、限定ライブの招待、アーティストとのQ&Aセッションなど、スーパーファンだけが体験できる特典を用意することで、彼らとの結びつきをさらに強固なものにできます。
戦略③: ファン参加型キャンペーンの実施
ファンが積極的に参加できるキャンペーンの実施も重要です。特にTikTokでは実際にファンを巻き込んだキャンペーンが行われている例が多くあります。
例: テイラー・スウィフトのTikTokキャンペーン
テイラー・スウィフトは、TikTokで「Eras Tour Experience」というキャンペーンを実施し、ファンに自作のコンテンツを投稿してもらうことで、ファンコミュニティの一体感を高めました。このキャンペーンでは、デジタルのフレンドシップブレスレットや特別なプロフィールフレームなど、ファンが喜ぶ特典を提供し、結果的に500万件以上のユーザー生成コンテンツ(UGC)が投稿されました。このようなキャンペーンにより、彼女はSNSでの存在感をさらに強め、ファン同士のつながりを深めることに成功しています。
まとめ
この記事では、ファンの成長を4段階に分け、それぞれのステージに応じたプロモーション戦略を紹介しました。最初の「認知」段階では、TikTokやYouTubeを使ってバズを狙い、アーティストの存在を広めます。次に「検索」段階で、SNSフォロワーを増やし、さらに関心を持ってもらいます。「行動」段階では、ライブやストリーミングに誘導して、ファンとしての安定した関係を築きます。最後にスーパーファンを育てるためには、徹底したエンゲージメント戦略が鍵となります。これらを実践することで、アーティストはファンとの強い絆を築き、長期的なキャリアを支えるファンダムを形成することが可能です。